新法令・判例紹介

 

新法令・判例紹介

「経営承継円滑化法」が成立しました

弁護士 田邊 正紀

平成21年02月16日 掲載

 正式名称は「中小企業における経営承継の円滑化に関する法律」といいます。中小企業の経営者が,自らの引退や死亡に備えて,後継者を決めて経営権を譲り渡していくのに,法定相続によって経営権が分散してしまったり,莫大な相続税負担で経営が立ち行かなくなったりなどの問題が生じていました。
 これらを解決していくために,遺言書や相続時精算課税制度を利用した生前贈与により経営権の分散を防止しながら相続税負担を軽減していく従来の方法に加え,平成18年5月1日からは,新会社法を活用し,相続人に対する株式売渡請求権の設置や議決権制限株式等の発行をするなどの方法がとれるようになっていました。
 今回成立した経営承継円滑化法により,さらに生前贈与が利用しやすくなり,株式に関する相続税負担の軽減が図られました。
 今回成立した経営承継円滑化法により創設された制度のうち,「取引相場のない株式等に係る相続税の納税猶予制度」と「遺留分減殺請求権についての民法の特例」について,できる限り平易な言葉で説明したいと思います(融資特例も同時に設けられましたが,ここでは割愛させていただきます)。

1 取引相場のない株式等に係る相続税の納税猶予制度

 相続税納税猶予制度とは、一定の要件のもと、相続を受けた株式の80%の部分の相続税の納付を猶予し、最終的にはその部分について相続税が免除される場合があるという画期的な制度です。
 具体的には、@会社が中小企業基本法上の中小企業に該当すること(業種ごとに資本金や従業員数の上限が定められています)、A株式の過半数が同族関係者によって保有されており、死亡した代表者が最も多くの株式を有していたこと、B代表者の死亡後も株式の過半数が同族関係者によって保有されており、後継者が最も多くの株式を保有することとなること、C後継者が、相続税の法定申告期限から5年間代表者として経営を行い、80%以上の雇用を継続させ、相続した全株式を保有し続けることが要件となります。
 5年の間に、後継者が代表者でなくなったり、80%以上の雇用を継続できなかったり、全株式を保有し続けられなかった場合、猶予されていた相続税全額を利子税も含めて即時全額納付しなければなりません。
 一方、5年経過後は、株式を譲渡した場合に、譲渡の割合に応じて猶予されていた相続税に利子税を含めた金額を納付すればよいこととなります。さらに、後継者が死亡するまで継続して保有していた株式については、最終的に相続税が免除されることになります。
 また、贈与税納税猶予制度とは、一定の要件のもと、贈与を受けた株式全部の贈与税の納付を猶予し、先代経営者の死亡時に、相続税納税猶予制度への切り替えが可能であるという制度です。
 適用要件は、相続税納税猶予制度とほぼ同様ですが、株式の贈与時に先代代表者が役員を退任すること、後継者が20歳以上であり役員就任から3年以上経過していることが付加的要件となります。
 取引相場のない株式等に係る相続税・贈与税の納税猶予制度は、上手に利用すれば、かなりの税負担の軽減が図れますので、専門家に相談して積極的に活用することをお勧めします。

2 遺留分減殺請求権についての民法の特例

 @相続人全員の同意により,「生前贈与した財産を遺留分の対象から除外できる制度」と,A相続人全員の同意により「生前贈与した株式の評価額を遺留分の計算をする際に贈与時の価格に固定することができる制度」が創設されました。

@「生前贈与財産を遺留分の対象から除外できる制度」が生かされる事例

 中小企業の「経営者」が,自ら経営する会社のすべての株式6000株(1株の評価額は1万円とします)を保有しており,「経営者」はそれ以外に2000万円相当の自宅土地建物を保有していました。「経営者」には,「妻」と子供が「長男」「二男」の2人います。「経営者」は,「長男」を後継者と定めて,社内で教育し,経営権を徐々に引き継いでもらうために3000株を「長男」に生前贈与したうえで,死亡したときには株式3000株をすべて「長男」に相続させ,自宅土地建物は「妻」に3分の2,「二男」に3分の1ずつ相続させる旨の遺言書を作成しました。
 このようなやり方は,会社の経営権は「長男」に集中させ,「妻」や「二男」には生活を考慮して,自宅土地建物を相続させており,一見合理的なように見えます。
 しかしながら,このままでは,遺留分は,株式6000株+2000万円相当の自宅土地建物の合計8000万円を基礎に計算され,「妻」2000万円,「二男」1000万円の合計3000万円となり,もし遺留分減殺請求がなされると,「長男」は株式1000万円分を「妻」及び「二男」に返還しなければならず,経営権が分散してしまうことになってしまいます。
 そこで,今回成立した「遺留分減殺請求についての民法の特例」を利用して,3000株を「長男」に生前贈与した段階で,後継者である「長男」が,経済産業大臣の確認を受け,他の相続人全員の同意を得て,家庭裁判所の許可を受けることにより,生前贈与を受けた3000株を遺留分の算定基礎から除いておくことが,経営権の分散を防止する有効な方法となります。
 これをしておけば,遺留分の算定の基礎となる財産は,生前贈与した株式を除外した3000株+2000万円相当の自宅土地建物となり,遺留分は「妻」1250万円,「二男」は625万円となり,「長男」は,遺留分を取られることはないということになります。
 なお,これまでも遺留分を生前放棄する制度はありましたが,推定相続人それぞれが家庭裁判所に申立をしなければならないことや,遺留分の一部放棄はできないことから推定相続人がこれを利用することを躊躇するという問題がありました。今回成立した「経営承継円滑化法」により,より柔軟な遺留分放棄の形態が創設されたことになります。

A「生前贈与株式の評価額を固定することができる制度」が生かされる事例

 中小企業の「経営者」が,自ら経営する会社のすべての株式3000株(1株の評価額はこの当時1万円でした)を保有しており,「経営者」はそれ以外に2000万円相当の自宅土地建物を保有していました。「経営者」には,「妻」と子供が「長男」「二男」の2人います。「経営者」は,「長男」を後継者と定めて,社内で教育し,経営権を引き継いでもらうために3000株全部を「長男」に生前贈与したうえで,死亡したときには,自宅土地建物は「妻」に3分の2,「二男」に3分の1ずつ相続させる旨の遺言書を作成しました。
 このようなやり方は,会社の経営権は「長男」に集中させ,「妻」や「二男」にはその生活を考慮して自宅土地建物を相続させ,遺留分を侵害することもないことから,この時点ではきわめて合理的な方法です。
 その後,「長男」の経営努力により1株の評価は2万円まで上昇したところで,「経営者」は亡くなってしまいました。この場合,遺留分は,死亡時の株価である1株2万円を基準に3000株分6000万円相当+2000万円相当の土地建物の合計8000万円を基準に計算され,「妻」2000万円,「二男」は1000万円となり,もし遺留分減殺請求がなされると,「長男」は株式1000万円分(500株)を「妻」及び「二男」に返還しなければならなくなり,「長男」の経営努力があだになってしまいます。
 そこで,今回成立した「遺留分減殺請求についての民法の特例」を利用して,3000株を「長男」に生前贈与した段階で,後継者である「長男」が,経済産業大臣の確認を受け,他の相続人全員の同意を得て,家庭裁判所の許可を受けることにより,生前贈与を受けた3000株の評価額を生前贈与時の1株1万円に固定しておくことが,経営権の分散を防止するとともに,後継者の経営意欲の阻害要因を排除するのに役立ちます。
 これをしておけば,遺留分の算定の基礎となる財産は,生前贈与した株式3000株(評価額3000万円)+自宅土地建物2000万円の合計5000万円相当となり,遺留分は妻1250万円,「二男」は625万円となり,「長男」は,遺留分を取られることはないということになります。
 今回成立した「経営承継円滑化法」により,「生前贈与財産を遺留分から除外する制度」よりもさらに推定相続人の同意を得やすい柔軟な制度が創設されたことになります。
 遺留分減殺請求権についての民法の特例を有効に利用するためには,かなり綿密な計算が必要となりますので,利用する前に必ず専門家に相談することをお勧めします。

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