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ミャンマー司法制度視察旅行

弁護士 田邊 正紀

2016年11月

 2016年11月21日、22日の2日間、シンガポールの国際紛争解決関連機関を視察した。今回の視察には、愛知県弁護士会国際委員会のメンバーを中心に20名の弁護士が参加した。 シンガポールは、アジアの紛争解決の中心地となるべく、国際仲裁を中心に国際的紛争解決制度の提供を積極的に行っており、自分たちが立ち上げた紛争解決制度の各国への売り込みにも積極的である。 最近では、国際取引における紛争解決手段としてシンガポール国際仲裁センターを指定することもますます多くなっているが、 一方で、その紛争解決手段の実態はあまり見えてこないことから、今回の視察はその実態を把握することを目的とした。

シンガポール国際商事裁判所(SICC)
SICCの前にて

SICCの前にて (画像を再度クリックすると元のサイズに戻ります)

SICCの前にて
 SICCは、2014年に設立された新しい紛争解決機関である。最大の特徴は、国際的な紛争であれば、シンガポールと関係のない紛争についても管轄を有するということである。 例えば、日本とベトナムの会社の取引に関する紛争についても、当事者が合意すれば、SICCで裁判を行うことが可能ということである。
 SICCには、14か国の裁判官が所属しており、事件ごとに3人の裁判官で裁判体を構成する。候補者の中には、日本人裁判官も含まれている。 また、適用法も当事者が選択することが可能であり、シンガポール法である必要はない。当事者の代理人もシンガポールの弁護士資格を有している必要はなく、例えば、日本の弁護士資格でSICCにおいて代理人として活動することも可能である。
 SICCの仲裁との違いは、手続が原則公開であること(但し、当事者の合意により非公開とすることは可能)、控訴が可能であること等である。 これらは、一般的には裁判のデメリットといわれることが多いが、当事者の希望によってはメリットとなることもあるとのことである。 また、仲裁人費用が掛からない分だけ、仲裁よりも相当低額なコストで紛争解決が可能とのことであり、平均的には15,000USD程度の費用で裁判が可能とのことである。
 また、仲裁についてもニューヨーク条約加盟の153か国で執行可能なことがメリットであるとよく言われるが、SICCの判決も2015年10月1日に発効したThe Hague Convention on Choice of Court Agreementsにより、 ほとんどのEU加盟国において執行が可能になったとのことである。また、2国間条約の存在する英米法系の9か国(英国、インド、オーストラリア等)での強制執行も可能とのことである。 さらに、外国判決としての承認が受けられれば執行が可能であることから、日本やアメリカの裁判所も執行を許可する可能性が高いが実務的には未知数とのことである。 東南アジアでの執行可能性が低いことが、この制度を紛争解決手段として選択する場合の最大のネックであると思われる。

シンガポール国際商事裁判所(SICC)
SIMC担当者との記念品の交換

SIMC担当者との記念品の交換 (画像を再度クリックすると元のサイズに戻ります)

SIMC担当者との記念品の交換
 SIACの昨年の仲裁取扱件数は270件であり、世界で4番目に利用されている仲裁センターである。世界40か国からの仲裁人候補を有し、概ね3年ごとに規則を改正して最新の制度を作り上げてきたセンターである。
 最大の特徴は、費用の安さにある。同じアジアで同程度の利用件数を有する香港国際仲裁センターの管理費と仲裁人費用の合計の平均が日本円で約3000万円であるところ、SIACは約1000万円とのことである。 費用が安い理由として、費用の上限を設定しており、仲裁人が必要以上に時間をかけても決まった以上の報酬を支払わず、逆に例えば仲裁人が決められた期限までに判断をしない場合には、報酬の減額もあり得るという厳しい態度で臨んでいることなどがあるようである。
 最近のSIACの売りが、Arb-Med-Arbと呼ばれる、仲裁手続の間に調停手続を介在させるスタイルである。 SIMCは、形式上はSIACとは別組織であり、仲裁から調停に付された事件は、仲裁人とは別の調停人が調停を担当する。これにより、調停の際の当事者の発言やとった立場が仲裁判断に影響しないように配慮されている。 仲裁手続においては、当事者は様々な理由から実際には話し合いによる解決を望んでいることが多いと言われ、仲裁の途中に調停を介在させることは当事者からは非常に期待されているとのことである。SIMCも設立後2年ほどしか経過していない組織ではあるものの、 これまでに15件取り扱ったうちの80%以上の事件で調停が成立しているとのことである。 調停が成立したということは、その後の仲裁費用を支払う必要がなく、強制執行も行う必要がないということであり、低コストな紛争解決に相当程度役立っているようである。 SIMCの調停手続は、原則として6週間以内に終了することとなっており、実際の調停手続は1日ないし2日の間に集中的に行われ和解が成立する。調停人の調停手法は、 日本の調停のように評価的手法(調停人が事件の勝ち負けの予測をして最良の選択肢を示す)ではなく、促進的手法(調停人は複数の選択肢を提示するだけで、解決策は当事者が選択する)によって行われるとのことであり、日本の調停とはかなり様相が異なる。
 なお、SIMCの調停人候補者となるためには、過去3年間の調停において成立率80%を達成している必要があるとのことであり、 成立率が50%強に過ぎない日本の簡易裁判所の調停委員が選任させることは至難の業であると思われるが、ここにも1名の日本人調停人候補者が含まれている。

法律事務所訪問
  国際的に展開しており、シンガポールにおいても数百人規模の弁護士を要す、SIACを含む各仲裁機関で多数の仲裁事件を扱っている法律事務所を訪問し、仲裁の実務について話を伺った。
 まず、紛争解決手段として、訴訟と仲裁のいずれを選択するかの判断については、@誰に判断してほしいか(第三者である裁判官か、自分たちが信頼して選択する仲裁人か)、A執行可能性(判決を取得したら執行することが可能か)、B控訴する権利を保持したいか(慎重な審理を望むか、早期に最終結論を得たいか)、C秘密保持が重要か(紛争があること自体を秘匿したいか、紛争の対象に秘匿性の高い技術が含まれるか)などを考慮して決定するとのことである。
 次に、実務的に重要な費用の点であるが、仲裁が1年間継続したと仮定した場合(なお、SIACの平均審理期間は約14か月である)、日本円で約2000万円の代理人報酬を見込む必要があるとのことである。 これは控えめに回答がなされていると考えられることから、仲裁管理費用、仲裁人費用、地元日本人弁護士の報酬等も合わせると1年間で4000万円以上の費用を見込む必要があるのではないかと思われた。
 上記費用も勘案した上で、実務的な観点から紛争解決手段の選択について伺ったところ、紛争の対象金額が1億円以下の場合には調停を選択するのが現実的であり、5億円以下の場合には簡易手続を選択すべきであり、15億円程度までの紛争であれば、3人の調停人による手続ではなく、1人の調停人による仲裁手続を選択するのが現実的ではないかとのことであった。 簡易手続は、書面手続であるため、証人尋問等の準備にかかる代理人費用の抑制の効果が大きく、調停人の人数を抑えることも調停人費用の抑制だけではなく、紛争の早期解決により最もコストのかかる代理人費用の抑制につながるとのことであった。 なお、仲裁の場合には、敗訴者の代理人費用の負担を命じられることも多いことからすれば、敗訴した場合には、自ら負担した代理人費用に加え、相手方の代理人費用も負担しなければならないことから、敗訴も見据えた場合、前述の金額の2倍を想定しなければならない。
 なお、適用法については、いずれの国を選択してもSIACで対応可能とのことである。シンガポール法は、判例法であることから日本人弁護士には予測可能性が低いものの、英国法の流れをくむ判例法であることから、シンガポールの判例が存在しない場合には英国の判例を参照することから、英国法を理解する仲裁代理弁護士が世界的には多数存在することを勘案すると、現実的な選択肢になり得るとのことである。なお、対アジア取引において、準拠法として日本法の選択が可能であれば、積極的に選択すべきとのことである。準拠法選択は、代理人選択にとどまらず、仲裁人の選択にも影響を与える事項であることから、自分の土俵で戦うためには、準拠法を日本法にしておくことは極めて重要とのことであった。

シンガポール弁護士会(The Law Society of Singapore)
シンガポール弁護士会屋上にて

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シンガポール弁護士会屋上にて
直接的に紛争解決とは関係ないが、シンガポールの弁護士事情を把握するために、弁護士会にも訪問した。シンガポール弁護士会は、約5200人の弁護士を要するとのことである。 これに企業内弁護士や外国資格の弁護士を含めると約8000人の弁護士がシンガポールで活動していることになるとのことである。人口約750万人の愛知県における弁護士数が約1900人であることを考えると相当高い割合である。
 弁護士会としての活動は、弁護士登録の管理、懲戒権の行使、プロボノ活動など日本と変わるところはないようであった。最も大きな違いは、試験に合格し多数の弁護士が弁護士会に登録するものの10年以内に約70%の弁護士が弁護士会を去ることであろう。 シンガポールにおいては、弁護士間の競争が激しく、競争に負けた弁護士は、別の専門を見つけて再出発をするとのことであり、これにより弁護士の質も相当高いレベルに保たれているのではないかと思われた。なお、関連性は定かではないが、これだけの数の弁護士がいながら、昨年の懲戒事例は20件以下とのことであり、弁護士が職にしがみつかないことの良い面が出ていると思われる。

夕食会場からの眺め

夕食会場からの眺め (画像を再度クリックすると元のサイズに戻ります)

夕食会場からの眺め
シンガポールは、資源のない都市国家という弱みを利点に変えて国際的なリーガルサービスを提供する道を選び成功させている。弁護士は、その中で国際的な競争にさらされ、国際的なレベルのリーガルサービスを提供することを求められ、それに対応している。翻って、日本の弁護士や司法制度を考えた場合、どれだけの弁護士が国際的なリーガルサービスを提供でき、どれだけの司法制度が国際紛争の解決に貢献できるだろうか。日本の弁護士や司法制度も国際化に舵を切らなければならない時代が来ていると思われる。

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