新法令・判例紹介

 

新法令・判例紹介

成年後見制度〜呆けたらどうしますか?〜

弁護士田邊正紀 

平成12年4月1日から,新たな成年後見制度がスタートしました。成年後見制度とは,精神上の障害を有する人の法律行為を行う能力を制限したり,補ったりする制度のことで,従来禁治産制度,準禁治産制度と呼ばれていたものです。

高齢化社会の進行に伴い,従来の制度では,社会の様々なニーズに対応できなくなってきたことや,従来の制度が,個人の自己決定権の尊重やノーマライゼーションという考え方に相応しくなくなってきたことから,今回改められることになったわけです。

成年後見制度と言っても,どんな制度なのか,どのような場合に利用するのかさっぱり分からないという方もおられると思いますので,以下,具体的な例を挙げて説明します。


例えば,あなたのおじいさんが,自動車を所有していたとします。おじいさんは,近頃痴呆が進んでしまい全く正常な判断ができず,自動車を運転することもないので,これを売却しておじいさんの治療費に充てたいというような場合,あなたならどうしますか。

このような場合には,4親等内の親族であるあなたは,おじいさんについて後見開始の審判の申立をすることができます。そして,後見開始の審判がなされ,あなたが後見人に選任されれば,あなたがおじいさんのほとんどの財産に関する行為を代わって行うことができますから,あなたが自動車を売却して売却代金でおじいさんを病院へ連れて行ってあげることができます。

これが,精神障害が最も重く物事を正常に判断する能力を全く有しない人について適用される「後見」という制度です。


例えば,あなたのお兄さんが知的障害により,物事を判断する能力が著しく不十分だったとします。このような場合,お兄さんはセールスマンの口車に乗って,不必要な商品をローンで購入する契約書にサインをしてしまうおそれがあります。

このような場合には,あなたは,お兄さんについて保佐開始の審判の申立をすることができます。そして,保佐開始の審判がなされ,あなたが補佐人に選任されれば,お兄さんはあなたの同意がなければローンで商品を購入することはできませんし,もし勝手に契約を締結してしまったとしてもあなたはそれを取り消すことができます。

これが,精神障害により物事を判断する能力が著しく不十分な人について適用される「保佐」という制度です。


例えば,あなたのおばあさんが,賃貸マンションを経営していたとします。空き部屋に入居したいという人がやってきましたが,おばあさんは少し痴呆が始まっており,自分で契約を行うのは不安だと思っています。

このような場合には,あなたがおばあさんの同意を得て,対象となる法律行為を「賃貸マンションの契約管理」と特定して補助開始の審判の申立をすることができます。そして,おばあさんがあなたに代理権を付与することに同意した上で,補助開始の審判がなされ,あなたが補助人に選任されれば,あなたがおばあさんに代わって賃貸借契約を締結してあげることができます。

これが,精神障害により物事を判断する能力が不十分な人について適用される「補助」という制度です。


ここで気をつけて頂きたいのは,最も精神障害が軽い場合に行う補助開始の審判の申立は,おばあさん本人が申し立てるか,そうでない場合にはおばあさんの同意が必要となることです。

症状は軽いのにおばあさんに勝手なことをされては困るからというだけの理由で,おばあさんの意思に反して補助開始の審判を申し立てることはできないのです。

新しい制度は,おばあさんに少しでも判断能力がある限り,おばあさんの意思を尊重する制度になっているのです。


ところで,禁治産宣告や準禁治産宣告がなされたことを戸籍の身分事項欄に記載する制度は,プライバシーの保護等の観点から廃止されました。

したがって,成年後見が開始されてもあなたの家族の戸籍には何も記載されませんから,戸籍を見られて障害者というレッテルをはられることはなくなりました。

しかし,逆に今後は成年後見が開始されているかどうかは戸籍を見ても分からないということになりますから,判断能力が劣ると思われる人が取引相手となる場合には気をつける必要があります。

また,従来の準禁治産制度では,浪費者に対し準禁治産宣告をして無謀な借入をできないようにすることができましたが,新たな成年後見制度では浪費癖を理由に保佐開始等の審判の申立をすることはできなくなりました。

これは,今回の改正が自己決定権の尊重を理念の一つにあげていることから,浪費癖がある人も自分の財産をどのように使うかはその人の自由であるとの考え方によるものです。また,浪費者は,いくら準禁治産宣告をしても勝手に取引をしてしまい,かえって取引の安全を害するという弊害も指摘されていたことも浪費者を除外した理由の一つです。

したがって,例えば,あなたの奥さんがクレジットカードで洋服を買いまくり,サラ金から借入までして貴金属を買いあさっても,あなたは保佐開始の審判の申立をすることはできません。

このような場合は,法的な手続を考える前に夫婦でよく話し合う必要があると思います。


さらに,今回前述の法定後見制度と同時に「任意後見契約に関する法律」が施行されました。

あなたは,現在「自分の財産は全て奥さんに譲る」との遺言を作ってあるから,自分が亡くなっても奥さんの生活は大丈夫だと安心しているかもしれません。

しかし,あなたが亡くなる前に痴呆症になってしまった場合,嫁が息子さんの協力を得て勝手にあなたの財産を処分してしまい,あなたが亡くなった時には,奥さんが取得する財産はなくなってしまっているということも考えられなくもありません。

このようなことが心配だという場合には,将来自分が痴呆等の精神上の障害を有するようになった場合に備えて,あらかじめ信頼できる人に財産管理等の権限を与えることを約束しておく「任意後見契約」を締結することをお勧めします。

任意後見契約は,公正証書によって行わなければなりませんので,手続等がお知りになりたい場合にはご相談下さい。

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