新法令・判例紹介

 

新法令・判例紹介

ウィーン売買条約(CISG)の適用が開始されます〜United Nations Convention on Contracts for the International Sales of Goods〜

弁護士 田邊 正紀 ニューヨーク州弁護士

平成21年01月14日 掲載

1. 条約の発効

 これまで日本は、国際物品売買契約に関する国際連合条約(いわゆるウィーン売買契約)を批准しておらず、先進国では稀有な存在でしたが、2008年7月1日、日本政府はついにこれを批准し、2009年8月1日からウィーン売買契約が日本においても適用されることとなりました。一般的な説明は色々なところに書かれていますので、ここでは、実務に即して少し具体的に記載してみたいと思います。

2. 適用範囲

 営業所が異なる国にある当事者間の物品の売買契約に適用される可能性があります。要するに国際取引全般に適用される可能性があるわけですが、当事者である企業の国籍(設立準拠法)は関係がありませんので、両当事者が日本企業の場合でも、営業所が異なる国にあれば適用される可能性があります。また、対象となる取引は、企業による物品の売買契約のみであり、サービスの提供契約や消費者取引(外務省見解)には適用がありません。

3. 適用場面

 a.両当事者の営業所のある国がいずれも締約国である場合か、b.国際私法の原則によれば締約国の法の適用が導かれる場合には、適用される可能性があります。
 アメリカ、中国、ヨーロッパ諸国(但し、イギリスを除く)など、主要な経済大国は、本条約の締約国ですので、日本が締約国となればの条件により、本条約が適用される可能性があります。ベトナム、カンボジア、インドネシアなどの東南アジア諸国は締約国ではありませんが(2009年1月現在)、により適用される可能性がなくはありません。但し、日本の国際私法である「法の適用に関する通則法」によれば、当事者による準拠法の選択がない場合には、日本が製品の輸入を行う場合の適用法は、輸出国の法律となることから、これらの国から製品を輸入する場合には、本条約の適用はないことになるでしょう。
 ここまで、「適用される可能性」という言葉で記載してきたのは、ウィーン売買条約は、当事者の合意により排除することができるからです。但し、注意していただきたいのが、これまでどおり「本契約の準拠法は日本法とする。ないしThis Contract shall be governed by and construed in accordance with the laws of the State of Japan.」という準拠法に関する条項を契約書に挿入しただけでは、ウィーン売買契約の適用を排除できないと思われることです(高桑昭著・国際取引法第2版参照)。私はアメリカのロースクールで「本契約にはウィーン売買条約を適用しない.」と明確に記載しなければ、ウィーン売買契約の適用を排除することはできないと教授されました。また、各国の裁判例や仲裁判断例は、当事者の準拠法の合意があってもウィーン売買条約の適用を排除していないようです(参考文献)。現時点(2009年1月)では、法の適用に関する通則法第7条とウィーン売買条約の関係に関する日本の裁判所による裁判例はありませんが、明確に排除する旨を記載するにこしたことはありません。
 同様に、契約書中、物品の引渡しに関する条項として、国際商業会議所により制定された貿易条件の解釈に関する国際規則(インコタームズ2000)に依拠するつもりで、FOBやCIFと記載しただけでは、どの範囲でウィーン売買条約の適用を排除したのか明確ではないことから、貿易条件をインコタームズに依拠したい場合には、明確にその旨を記載しておいたほうが良いでしょう。

4. 条約の規定内容

 ウィーン売買条約が適用された場合の契約条件は、基本的には米国統一商法典(Uniform Commercial Code)と類似した内容となっています。逆に言うと、日本の民法とはかなり異なる内容となるということです。ここでは、日本の輸入業者が本条約の締約国に営業所を有するメーカーから製品を輸入する場合に、日本の民法や商法を適用する場合と異なる結論が導かれるであろう内容について、いくつか説明をしたいと思います。

a.
 日本の輸入業者が、海外のメーカーに対し、製品の購入契約の申し込みを行い、メーカーが条件を一部でも変更をして承諾の回答をしてきた場合、日本の民法では、契約の申込みに対する拒絶と新たな契約の申込みとみなされ、輸入企業がこれを放置した場合には、契約は成立しません。しかしながら、ウィーン売買条約に依拠する場合には、メーカーによる契約の申込みに実質的に変更を加えない程度の条件を加えた承諾がなされた場合、申込者が遅滞なく異議を述べない限り、契約は条件を付加した承諾の内容で成立します。したがって、輸入企業としては、条件付の承諾の通知が来た場合には、遅滞なく異議を述べておかないと、思いもよらず製品が送付されてくるなどという事態が発生しないとも限りません。


 ウィーン売買条約の下では、輸入企業は、製品を受領した後、できる限り短い期間内に検品する義務を負い、合理的期間内に不適合の通知を行わなかった場合には、物品の不適合を主張する権利を失うことは、日本の商法とほぼ同じです。但し、製品に瑕疵があった場合、日本の民法の下では、不特定物の売買の場合には代替品の引渡請求ができますが、ウィーン売買条約の下では、代替品の引渡しが請求できるのは、重大な契約違反の場合に限られます。輸入業者は、ウィーン売買条約が適用された場合には、ちょっとした製品の瑕疵については、代金減額や損害賠償請求により満足するほかなく、製品の受領を拒否できないということです。なお、検品によっても発見できない隠れた瑕疵があった場合、日本の商法の場合には、製品を受領した後6ヶ月以内に瑕疵の通知をしなければその権利を失いますが、ウィーン売買条約の下では2年間この権利を失わないとされていますので、この点では輸入業者に有利といえます。


 製品が両当事者いずれの責任でもなく滅失した場合には、日本の民法の下では、買主に引き渡すべきものが特定した後は、買主がその危険を負担します。すなわち、日本の民法が適用される場合には、海外のメーカーが日本の輸入業者に引き渡すべく保管していた製品が、不可抗力による火災で消失した場合には、メーカーは輸入業者に製品代金を請求できます。しかしながら、ウィーン売買条約のもとでは、物品を運送人に引き渡したときに危険が移転しますので、メーカーは製品を運送業者に引き渡すまでは何があっても製品代金を請求できないことになります。実務的には、いずれの規定が適用されるかによって、いずれの当事者が製品に保険を掛けるべきかが異なってくることになります。


 ウィーン売買条約では、損害賠償の範囲について、日本の民法よりもかなり細かく規定しています。日本の民法と明確に異なる点は、得られるはずであった利益の喪失についても損害賠償を請求できることを明記していること、契約違反を主張する当事者に損害を軽減する合理的措置を講じる義務が規定されていることです。したがって、例えば、輸入業者は、メーカーの契約違反により、製品の転売機会を逸した場合には、その転売により得られるべきであった利益をも損害として請求できますが、そのためにはその製品をなるべく高い値段で別の買主に転売する努力をする必要があります。

5. まとめ

 ウィーン売買条約の発効により、これまでどおりの実務を行っていると、思わぬ落とし穴に陥る可能性があります。一方で、自社の立場によってはウィーン売買条約を適用することが有利に働く場合もあります。これは国際取引における準拠法の選択肢が一つ増えたことを意味します。条約の内容も精査した上で、きちんと準拠法を選択して国際取引に臨む必要が一層高くなったといえるでしょう。

前ページへ戻る このページの先頭に戻る
アクセスマップ サイトマップ リンク集